いまはただー

セツナの雑記ブログ

「賛成」でも「反対」でも意見を言うことに意味がある

 

みなさんどうも、セツナです。

 

っていう文章で記事を書き始めるのってどう思いますか?

 

「別に書かなくてもいい」とか「挨拶なんだから書いて当たり前」とか「律儀だなあ」とか、人によって思う事って違うと思います。

 

ちなみに、別にこの話がしたくて毎回「みなさんどうも、セツナです」って書き始めてたわけじゃありません。

 

ただ「なんとなく」です。

 

 

「人間は考える葦である」なんて言葉があります。

 

確かに人間は「考える」生き物ですが、その「考え」を自ら進んで発言する人って少ないですよね。

 

僕は正直、これは人間の良くない所だと思うし、自分の意見をしっかり言える人を尊敬します。

 

 

じゃあ多くの人はどうして自分の意見を言うことができないのか。

 

それは「自信」が無いからでしょう。

 

ではどうして「自信」が無い人が多いのか。

 

それは正解がある問題しか問われたことが無いから。

 

 

小学校や中学校では「自分の考えを言う」=「問題に解答する」というのが一般的です。

つまり「たった1つの正解」が求められる状況が多いんです。

 

だから人間は「間違ってたらどうしよう」と考え、自分の意見に自信を持てなくなってしまいます。

 

 

しかし実際、世の中には「正解が1つの問題」しか無いわけではありません。

 

むしろ、正解がない問いの方が多いと思います。

 

 

だったらもっと自分の意見に自信を持って発言するべきです。

 

賛成されるかもしれない、反対されるかもしれない。

 

でもそれもまたその人の「意見」なのです。

 

決して、賛成されたから正解だとか、反対されたから不正解だとか、そういう話ではありません。

 

 「意見」ってのは言うだけで何かが起こる、それだけで価値があり、意味があるものなのです。

 

 

 

最後に

 

僕が書いている記事に対してもし「意見」とかあったらコメント欄でもTwitterでもいいんで気軽に言ってきてくださいお願いします、何でもしますから。